秩父神社は、八意思兼命・知知夫彦命等の4柱を祀る延喜式内社である。
この御田植神事も、万治2年(1659)の頃より始められたという記録もみられ、現在も古式豊かに行われるが、上蒔田椋神社の御田植神事と同様の形で行われる。
平野部の稲作地帯にもこの祭りは見当たらず山間秩父に連綿と続けられて来たことは注目すべき事である。
※公開日:4月4日

実施団体の紹介

団体名 秩父神社御田植祭保存会
団体概要 上蒔田椋神社の氏子数は、現在68名で高齢化や若年層の市外転出等が進み、減少傾向にある。役員構成は神官2名・責任役員2名・総代長1名・副総代長1名・代表総代4名・組総代11名・行事4名計25名で成り立っている。
御田植祭が斎行される上蒔田椋神社は、秩父市蒔田字宮平2872番地に所在し、大己貴命(おおなむちのみこと)が主祭神である。椋神社の創建は、社蔵の古文書である「椋神社縁起」には『当椋神社ハ 人皇第十二代景行天皇ノ御代 日本武尊東国平定ノ当時 当所椋ノ大樹ノ下ニ八千矛神(やちほこのかみ)大己貴命ヲ斎ヒテ 椋大神ト称(とな)ヘ奉ルヨシ社伝ノ縁起ニアリ 以来延喜式神明並ニ 三代実録等ニ撰載(せんさい)シタマフ処ノ神社ニシテ 御歴代崇敬厚カリシ事明ラカナリ』と書かれている。
椋神社の主たる年間行事は、11月第4日曜日に秋季祭、12月第3日曜日に吉神祭、3月第1日曜日に例大祭(御田植祭)を斎行している。例大祭時には、多くのカメラマンが来訪し、祭の賑わいを醸成している。
団体PRメッセージ 椋神社縁起の故事に基づき、氏子によって御田植祭が連綿と斎行されてきた。明治6年(1873)には延喜式内社を称することを許可され、明治10年(1877)に本殿を再建、明治12年(1879)に拝殿改築工事を着工、明治015年(1882)2月に拝殿が落成された。
この御田植祭は地域住民の1年の農耕生活や集落共同体と密接な関わり合いをもち、生産面・信仰面・行事面・において、豊富な民俗性を有している。しかも県下の稲作地帯にこの種の行事が見当たらず、秩父という山間地に伝承されてきていることは注目に値する。