日本には、多様で豊かな伝統文化が数多く存在し、古くから人々の暮らしの中に根づいてきました。埼玉もまた、地域ごとに祭礼や行事と深く結びつき、人々の祈りや楽しみとして守られながら、多様な伝統文化が育まれてきました。
本記事では、県内各地に数多く残る「獅子舞」や、祭りを彩る「お囃子(祭囃子)」、神への祈りを捧げる「神楽」など、埼玉を代表する伝統文化の歴史や見どころについてご紹介します。
獅子舞は、獅子頭(ししがしら)をかぶり笛や太鼓のお囃子に合わせて舞う伝統芸能で、邪気を祓い無病息災や五穀豊穣を願う儀礼として全国に広まりました。
一匹を演じる人数によって「一人立ち」「二人立ち」「百足獅子(ももあしししまい)」の大きく三つに分類され、東日本に多い一人立ち系の代表が三匹獅子舞です。
埼玉県はこの三匹獅子舞の伝承が特に盛んで、農耕儀礼と結びつきながら地域ごとに個性豊かな舞が受け継がれてきました。
和光市下新倉(わこうししもにいくら)ささら獅子舞は、大獅子・中獅子・雌獅子の3つの獅子頭を使う、三匹獅子の形式で、太鼓をたたき、水引幕をひるがえして舞います。ささらというのは、丸竹の先を細かくさいた楽器の名前です。厄除け・豊年祝い・安全祈願など、当時の村の生活の中から生まれ、強い信仰によって支えられてきました。
日高市の野々宮神社(ののみやじんじゃ)の獅子舞は、豊作の感謝、厄払いとして神社例祭で奉納されています。蛇を呑み込む勇壮な「笹掛り」や、男獅子が花を携え女獅子を誘う優雅な「花すり」はこの神社だけに伝わる希少な演目です。
八潮市の大瀬(おおぜ)の獅子舞は、江戸時代に盛んであった富士講(ふじこう)と深く結びつき、3匹の獅子が富士山を登る途中の出来事を物語風に描いています。獅子の黒い羽根は、国の天然記念物に指定されている唐丸(とうまる)の羽根が使われています。
【コラム】なんで獅子舞にかまれると縁起がいいの!?
獅子舞にかまれるのは、悪いものを食べてくれるという意味があると言われています。新しい年の始まりにぜひ獅子舞にかまれて、一年間の幸せと健康をもらいましょう。
笛、太鼓、鉦(かね)などの楽器で祭礼を盛り上げるお囃子は、神々と人とをつなぐ重要な役割を担っています。「囃す(はやす)」には神の霊力を高め人々に分け与えるという願いが込められ、古くから災いを防ぐ神事として大切にされてきました。
埼玉県では、それぞれ異なる歴史や背景を持つお囃子が地域を彩っています。
坂戸市の塚越(つかごし)ばやしは、疫病退散を願う八坂神社の夏祭りで奉納される祭囃子です。祭りの夜には提灯の明かりの下、勇壮な演舞がクライマックスを迎え、悪霊を吹き飛ばすかのような熱気を感じられます。
北本市の四丁目の祭囃子は、昭和50年代に子供たちの「夏祭りで太鼓を叩きたい」という想いに応える形で発足し、上手囃子保存会より師匠を招いて昭和57年に結成されました。歴史は浅いながらも、40年以上にわたり、毎週土曜日の稽古を通じて技術を磨き続けています。
所沢市の重松流(じゅうまりゅう)祭囃子は、幕末から明治にかけて古谷重松が編み出した流派で、所沢を中心に東京都多摩地域へ広く普及しました。テンポの良さと小太鼓の掛け合いが特徴で、演奏者同士が呼吸を感じ取り、その瞬間の想いを即座に音で表現する「掛け合い」が魅力です。
【コラム】お囃子は“音で競い、音でつながる”
祭りでは、山車に乗った演奏者たちが互いを鼓舞するように太鼓を打ち鳴らします。ときには他の山車と競り合う「叩き合い」も。音は合図であり、気持ちをぶつけ合うコミュニケーションでもあるのです。県内でも「叩き合い」が見られる山車祭りが多数あります。ぜひ現地で体感してみてください。
神楽は、古来より神社で神に奉納するための舞や音楽を中心とした芸能で、五穀豊穣や無病息災を祈る儀礼として続けられてきました。起源は「古事記」の天岩戸伝説(あまのいわとでんせつ)とされており、神を迎える場所を意味する「神座(かみくら・かむくら)」が語源と考えられています。
ここでは埼玉県内で受け継がれている神楽を3つご紹介します。
新座市の武州里(ぶしゅうさと)神楽は、埼玉県南部における「相模流」の代表的な神楽です。五穀豊穣や厄除けを願って奉納されてきました。素面で舞う曲と、面をつけて舞う神代があります。演目には「天ノ岩戸」などが伝わっており、現在も市内外の神社で奉納が行われています。
熊谷市の相上(あいがみ)神楽は、吉見神社の祭事で春と秋に奉納されます。天保6年(1835)8月の関東大洪水の際、人々が祈願して災害を免れたことから神楽殿が建立されました。「岩戸開」や「大蛇退治」などの演目のほか、祭事では子どもたちも参加して「浦安の舞」が披露されます。
そして、秩父市の秩父神社神楽は、国指定重要無形民俗文化財である「秩父祭の屋台行事と神楽」の一部として継承されています。面をつけずに舞う「代参宮神楽」は、古風な形式を色濃く残す貴重な舞とされています。
【コラム】神楽は“神さまに見せる、物語の舞”
神楽は、観客を楽しませるためだけの舞ではありません。もともとは神さまに見てもらうための奉納芸能です。舞の一つひとつには神話や伝説の物語が込められ、型や所作を守ることが物語を正しく伝えることにもつながっています。
ここまで埼玉県に伝わる代表的な伝統文化をご紹介してきました。
これらの伝統文化は、五穀豊穣や無病息災を願う人々の切実な祈り、そして日々の暮らしを彩る娯楽として、時代を超えて大切に受け継がれてきたものです。
ぜひ現地のお祭りや保存会の公演に足を運び、その歴史の深さと、目の前で繰り広げられる熱気を肌で感じてみてください。
また、今回ご紹介した伝統文化については、動画でもまとめています。併せてご覧ください。